自由が丘整形外科の体験談とリウマチと膝関節治療に悩む患者さんの声

生活の質を大切にしてくれるリウマチの専門医です。



No.30

2009年3月 生活の質を大切にしてくれる医師

1月に貴院を受診した際には、生物学的製剤開始となり、丁寧に説明もしていただいたことで不安なく自己注射できております。

本当にありがとうございます。

また、肩の注射を功を奏したのか、翌日から両手の腫れと痛みは軽減、今では調理も車の運転も楽になりました。

まだ、膝の腫れはあるものの痛みはなく感染に気をつけながら無理せず生活しています。

是非、先生のような患者さんの「生活の質」を大切にしてくれる医師が増えてくれたら・・・。

私の知っているリウマチ治療の医師は、「副作用の強い薬で命を落とす人もいるからね」と患者さんの生活より生命の維持だけに重きを置いている気がしてなりませんでした。

私自身の場合、両手首、膝、肩の痛みが出現し、まず市内の整形クリニックに受診しました。

若い頃からRA(+)であることを告げると検査の結果、専門科への受診を勧められました。

市内には、膠原病の専門医がいないため、隣の市の大きな総合病院の膠原病の科をたずねました。

そこには、一目でわかるような重症のリウマチ患者さんが沢山来ていました。

採血の後、1時間半ほど待っている間に自分の行く末を見ているような気分に陥りました。

様々な検査を始めてすべての結果が出るまでの2ヶ月間、肩関節から始まった痛みは膝や足関節、両手の指まで広がり腫れあがりました。その間、痛み止めのみ処方されましたが、全く痛みは軽減せず夜間寝返りも打てず痛みに耐えながら朝を迎えるという日々を送りました。

「死んだら楽になれるのでは」という思いが毎晩頭をかすめていました。

そんな中でどうにか頑張れたのは障害を抱えながら地域で生活している方々の支援者としての役割があったためと思っています。

2ヶ月間にも及ぶ検査の後についた病名は「シェーグレン症候群」でした。

そして、特定疾患の認定患者となったのです。医師は「これで治療費が安くなって良かったね」と言いましたが、それよりも痛みをとって欲しい、これからの治療方針を教えて欲しいことのほうが切実でした。

3ヶ月経っても痛みが増すばかりと訴えると検査データを眺めCRP(-)だからとプレドニン5mgがまず出ました。さすがにプレドニンは痛みを軽減してくれました。しかし、それから1ヶ月後には痛みが軽減したことを言うと、プレドニン5mgから4mgに減量となりましたが、その反動で以前にも増してひどい状況になりました。

次の診察で初めて医師の口から「リウマチ」という病名を聞かされ、リマチルとプレドニン10mg開始となりました。

そのような時にネットで自分の病気について調べていたころ、天本院長がとてもわかりやすく病気についての情報を出されている文章が偶然目に入りました。

「こんなに治療は進んでいる、寛解までいけるかもしれない」という希望を初めて与えられました。

医療の地域格差は大きく、経済的に大変な方々は市内の一般の整形外科や内科で見てもらっているのが現状です。そして、殆どはリマチル主流の治療を何年も受け続け、関節の変形も著明となっていくため、ヘルパーの支援で生活となっている方が大半です。

中には勉強して、「リウマトレックスを使って欲しい」と勇気をもって話した患者さんもいましたが、副作用が強いからと2mgしかできないといった状況です。

私は、昨年の3月で膠原病科が閉鎖したことが幸いし、発症して2年目で本格的な治療のできる自由が丘整形外科に受診できていますが、実はほかの患者さん達に対して、いつも後ろめたい気持ちがあるのです。自分だけ、最先端の治療を受けているという気持ちです。

患者さん達は皆、医師に対してとても従順です。痛みをとってもらうよう勧めても「大丈夫」と、どんなに痛くても、腫れていても我慢して生活しています。やさしいヘルパーさんに見守られて・・・。

痛みは身体面ばかりか精神的スタミナまで奪い取っていきます。少しでも地域の医療を担っている医師の方々がリウマチという厄介な病気にも目を向けていただき、医療の格差がなくなっていくよう願うばかりです。

天本先生とスタッフの皆様に感謝をこめて

網走よりお便り

お手紙にて 北海道 網走市  55才 Oさん  女性(一部文章を要約させていただいています。)

院長コメント

はるか網走から来てくれてほんとにありがとう。

僕は1昨年、6月に知床の羅臼岳に単独行して、7合目で退却してきたことがあるんですよ。まだ上は一面の雪でしたから。

雪崩や熊にあわなくて良かった!

そして、岩尾別温泉「地の果て」というホテルに泊まって極上の露天風呂につかってきました。ここはおすすめです。